私達が出会ったのは高校一年生の頃だった。桜舞う季節に、私はひなに一目惚れをした。校庭のベンチで無邪気に桜の花びらを捕まえようと苦戦している、長い黒髪に一見真面目そうな雰囲気とも言われる私とは対照的な桃色のボブにピン止めをした明るそうな小柄な少女――ひなに私は自分で舞った花びらを捕まえ手渡す。「あっ、ありがとう!」明るい声に私は少し怯んだ。やはり対角のような、私には明るすぎる少女だった。当然のようにすぐにひなは人気者になり、私はそれを寂しく思いながら眺めていた。
ひなと仲良くなったのは五月の校外研修の時だった。まだ私があまり輪に打ち解けられない時にひなは私の事を必死にサポートして、なんとか輪に溶け込めるようにしてくれた。その流れで私はひなと仲良くなり、より一層彼女の事を意識しだした。
あれは夏休みの時だった。ひなに遊びに誘われた時だ。
私達は既に仲良くなっており、何でも打ち明けられそうな、そんな仲だった。――この恋心を除けば。
私はひなと仲良くいられるならそれで充分に満足だし、変に踏み出して関係性を壊すのがとても怖かった。そう思っていた。
休憩をするためにカフェに入った後に「あのね、みくりちゃん」そうひなは少し恥ずかしそうに呟く。「何?」と私は聞き返すと十秒、いやそれ以上の沈黙が訪れた。「好き」とだけ返ってくると私は頭の中が真っ白になってしまった。「ごめん、困らせちゃって。みくりちゃんになら話せると思ったの」とひなは言い、最後に「恋愛的に、です」と顔を赤らめてその後は数分間何も発さなかった。
そこからひなは何も言葉を発さず、空になったオレンジジュースをストローで飲もうとし無いことに気付きを何回か繰り返していた。軽くパニックを起こしているのであろう。それもそうだ、いきなり自分は同性愛者だと打ち明けるのには勇気がいるし、それを本人に伝えるのは告白とセットになりかなりの勇気が必要な事だからだ。
グラスの氷がカランと鳴った所で私はようやく答えを返した。「私もそうだよ」とだけ。そう返すとひなは顔をあげて、はにかんだ。「良かった」とだけまた呟くと空になったオレンジジュースをまた一口飲もうとした。ひなは照れるとこう言った癖が出ることはここ一年半で何度も経験した。
その日は手を繋いで帰ったのは今でも鮮明に覚えている。暑くて汗ばむ中お互い暗黙の了解のように手を離しはしなかった。駅の改札を通る時までそれは続き、改札を通る為だけにしょうがなく手を離したと言っても過言ではないだろう。
私が「またね」と手を振るとひなは「うん、また!」と笑顔で大きく手を振り私を見送る。それがとても愛おしくて、それがまた一人の人間の人生を歪めてしまうという自覚を背負って、私は電車の中一人で涙を流した。
高校一年の時の私とひなの夏休みは充実した物となった。派手なことはせず、のんびりとお互いがお互いのしたいことを交互に繰り返して行く日々を過ごした。ひながショッピングに行きたいと言った日はショッピングモールに出かけるし、私が読みたい本があると言った日は二人で図書館で一日中無言で本を読んだ日もあった。
そうやって、私達はお互いにお互いの欠けている所を上手いこと補いながら過ごしてきた。夏休みが明けると私とひなの仲の良さはクラスメイトの間では二人は親友になったと言う事で処理された。それもそうだ、誰も恋仲になっているとは思わないだろう。
ひなは決して危険な行為を取ろうとはしなかった。学校内では親友以上の行為を取ろうとはしてこなかった。逆に私はわざとバレそうでバレないようにひなを独占しようとしたり、頑なに隣を譲らない時もあれば抽斗の中にこっそりと手紙を入れて気付いたひなの顔が赤くなるのを見ていることもあった。
そうこうしているうちに季節は過ぎ、秋が来ようとしていた。来る冬へ向けた準備の期間(とは言えそれは一年後なのだが)がやってこようとしていたことに私達はまだ気付いていなかった。
三月ひなは今日もまた苦笑いをした。彼女の机の抽斗にまた恋人である憂節みくりからの手紙(それも、ラブレターと言っても差し支えない物)が入れられていたからだ。みくりは時々ひなのことを確かめるかのようにそう言う行為をする時があった。
ひなはその行為に関して(少なくとも現時点では)嫌悪感も違和感も何も抱いていないし、どちらかと言えば愛されていると言う実感がありとても嬉しく思う事でもあった。それをうまく本人に伝えきれないのがとてもとても悔しく思うことが多いのだが。
今日はどんな内容なのか、周りに誰も見ている人が居ないことを充分に確認すると、ひなは手紙を開き、その内容にぽかんとした顔をした。なぜなら手紙の内容は(少なくともひなの今持ちうる手段をすべて用いても)白紙だからである。
慌てて次の休み時間にひなはみくりの元を訪れた。「どうしたの?急に白紙なんて。渡す物間違えた?」と問いただすとみくりは「ふふっ」と笑い「その反応が見たかったの」と小刻みに震えながら笑い出す。
「ひどい」とひながみくりを小突き、またそれに釣られるようにみくりは笑い出し、最後には呆れたように、それでいてまた楽しそうにひなは笑いだすのであった。
2023 Minase Liu / Lunachi