じゅうご

 モラトリアム最終日。ミナトはまだ帰ってこない。
 つい先日までは一人で平気だったはずなのに。ミナトと言う存在が、この二週間程でどれだけ大きな存在になっているのか。どんだけ鈍感な人間だろうと、バカな人間だろうと。
 それくらいは、わかる。
「ミナト」帰ってきてよ、寂しいのは嫌なんだよ。もう寂しい思いなんてさせないから、お願いだから。
「帰ってきてよ、ミナト――」「帰ってきたが?」
思わず「うわっ」と思いっきりベッドの上で心臓ごと飛び跳ね、反動で身体は床に転がる。「床で寝るなと言ったろうに」「……ミナト、ごめん」
 ミナトはふくれっ面をする。「その感情のこもってない、何に対してかわからない謝罪は嫌い」と返されたので頭を下げ、もう一度。
「……怒らせるような言い方をして、それでまた寂しい思いをさせることになって。ごめん」
 よろしい、とトートバッグを床に置くミナト。「無事で良かった」「なぜ貴様が泣くんだ」
 ミナトの顔を見ると、安心感が溢れてきて。涙が止まらない、止められない。
「はいはい、頭撫でたげるから」されるがままに、ミナトに頭を撫でられる。「本当に、私が居ないと何も出来ない奴だ」「そう、だね」
 その時、僕はようやく気が付いた。気付くには遅すぎたかも知れないし、でも今があるから気付けたのかも知れない。あぁ、僕はミナトの事を好きと言う次元を超えてしまったんだ。もう、彼女の事を――愛しているんだ。

 答え合わせといこう。
 泣き止んでから数分経ち「さて、聞こうか」とミナトは迫る。「……まだ夕方にもなってないけど」そんなの知ったこっちゃないと言った感じのミナト。「わかったよ」
 覚悟を決めるしかないと、自分に言い聞かせる。
「僕はミナトの事が好きだ。昔から、ずっと」
 ミナトは大きく息を吸い。「――ふーん」それだけを返した。
「……冗談じゃないけど」「その間抜けな赤面見てりゃわかるよ」そりゃ赤面してることくらい自分でもわかる。
「一言で返していい?」
 うん、と頷く。もうどうなろうと、構わない。この数日一緒に居ることが出来ただけで――。
「遅い」「……え?」
 ミナトは「遅いって言ってるんだよ」ともう一度言う。
「すべての言葉を鵜呑みにしやがって」「どういう、こと?」ミナトは呆れたように話を始める。
「えーっと、高二だっけ。あの頃に話した恋愛の話覚えてるでしょ?その様子だと」「そりゃ、ずっと引きずってたよ」
 呆れた顔のまま。「確かそうは言ったけど」詰め寄られる。「〈それ〉を否定する訳でもなんでも無いんだよ」「……そう、か」
 それに、と付け加えるミナト。「私は確かにあの時はわからなかったけど」
 そこで言葉が途切れる。数秒、お互いを見つめ合う時間が生まれる。これが、ミナトにとってのモラトリアム。
「今は別でしょ?」そう言って――。

 ――お互いの距離がゼロになって数秒。
「答え合わせ」とミナトが笑う。「……随分大胆な答え合わせだこと」
 ふふっとまたミナトが笑う。
 そしてミナトは「そもそも好きじゃない人の家に行く?しかも大荷物抱えて、断られるかも知れないってのに」と僕に問う。「それはそうだけど、ミナトならおかしくないなって」そう返すと「日頃の行いかぁ」とミナトは笑う。
「本当はとっくの昔に気付いてたんだよ、それでこそ高校の時とか」そんなにわかりやすい人間だったのかな僕は。「でも、それを言ったら下手に距離を取られるんじゃないかって怖くて」
「だから、曖昧に濁して、さ」と笑う。
「あれは私の為の猶予期間だったんだよ。せめて高校の間だけは一緒に居たいって」なるほどね……。
「離れて、やっと気が付いた。わからないって言うのは適切な言葉じゃなかったって」「この数年で、少しは成長出来たみたいだね」
 少しどころじゃない、とミナトは首を横に振る。「全部わかったんだよ、あの頃から私も好きだったんだって。でも、未熟でその感情を上手く表現できなかった」とミナトは自分に呆れたように苦笑いをする。「お互い変にすれ違ってた訳だ」
「そうだね」とミナトは笑う。「バカみたいだねー、私達」とミナトが呟く。「本当にね」と僕も呟き返す。
 その言葉を聞くとミナトはベッドに向かう。そして、ベッドを占領しているぬいぐるみを手に持ちダンボールにしまう。
「邪魔、でしょ?」とミナトが笑う。「あはは、確かにね」と僕も笑う。

 今からこいつはただの居候でも幼馴染でもなく。
 ようやくはっきりと見えた赤い糸で繋がれた恋人になった。

←戻る / 進む→

モラトリアムxサナトリウム

2023 L1n4r1A - gentaiken