1.
私は人の不幸が大好物です。
これだけ言うととても性格の悪い人間に聞こえるかも知れませんが、そうではありません。
人の不幸と言う感情を食べて生きる特殊な体質――と言うよりも一種の奇異なのです。
私が不幸を食べるようになったのは中学生の頃でした。
どこにでも居るような普通の中学生で、高校受験に向けて勉強をしている頃でした。
突然めまいに襲われ授業中に倒れてしまい保健室で目を覚ましたところから物語が動き出します。
最初に食べた不幸は、所謂『保健室登校』をしている、今まで顔を殆ど見たこと無いクラスメイトの女の子の不幸でした。
重たい希死念慮とそれでも生にしがみついてしまう自分との葛藤、それが最初の不幸の味でした。
一瞬だけ胸がチクリとします。これは不幸を摂取したことにより感情がなだれ込み私の胸を一瞬だけ刺したのです。
その後すぐに胸の痛みは無くなり、まるで甘い蜜を舐めたような、そんな感覚に陥りました。
そして食後のような、独特の満足感と微睡みが私を襲います。
ふと横を見ると今まで顔を殆ど見たこと無いそのクラスメイトの表情が晴れていくのがわかります。
それは中学生の私にもわかりました。純粋な瞳で、今までの曇っていた心が一気に晴れたと言うことが。
私はなんとなく食べたんだなと感じました。その子の不幸を、食べて満たされたんだなと。
2.
その子が話しかけてきました。
「体調大丈夫?」
私は動揺してしまいました。
今までその子が話す時は決まってくぐもった声で、今にも崩れてしまいそうな声だったのです。
それが今では本来こうあるべきだったかのような、キレイで透き通った声をしていたからです。
「あぁ、うん。ちょっとだけまだふらふらするかな」
「何かあったら言ってね。私、ここには慣れてるから。先生も呼んでこれるし」
これまではずっと別の意味で慣れてたはずなのに、今では保健室を回しているかのような口調でした。
当然まわりの保健室登校の子もびっくりします。あの子が自分から話に行くなんて、と言った表情でした。
彼女はうーんと伸びをすると誰も居ないベッドに座り、自分だけに陽が当たるようにカーテンを開き寝転がります。
そのベッドは私のベッドと隣のベッドでした。
「眩しくない?」
「平気だよ、むしろ私も浴びたいくらいには」
そっかと笑うと私のベッドの方のカーテンも開けてくれます。保険室内は少しどよめいた感じがしました。
薄暗い部屋の中で私と彼女だけ照らされていて。とてもとても奇妙でぎこちない空間でした。
3.
気が付けば私も彼女も二人して寝ていたようです。
目を覚ますと保健室の先生が私の顔を覗き込んでいました。
「体調は良くなった?」
「はい、少しリラックスして太陽の光も浴びたので大丈夫です」
それは良かったと笑顔の裏にはそれなら早く教室に帰れと言っているようにも見えました。
私はベッドを整え教室に戻る準備をします。ちょうど彼女もそのタイミングで起きてきたようです。
「教室に戻るんだね」
「うん、体調も良くなったし」
その会話のやり取りで保健室の先生は少し驚いた顔をします。それほど彼女は喋ると言うことをしなかったのでしょう。
「それじゃあね」
彼女はそう言うと私に手を振ります。私も振り返し保健室を後にします。
「あの子と何かあったの?」
保健室の先生は保健室から私が出るなり声を掛けてきます。
しかし、不幸を食べた以外に特に何もしていないので言葉に詰まってしまいました。
その無言を先生はどう捉えたのかは知りませんがまぁいいか、と言った顔で無言で保健室に戻っていきました。
こうして私は『不幸を喰らう人』になったのでした。