そこに温もりが残りますように。


 今でも覚えている、彼女のピアスを開けた時の話を。

1.
「少し驚いたよ、初めてと聞いていたから、貫通する前に声を上げるかと思った」
 僕は痛みを堪えていたのだろうと彼女の顔を見る。
「まあね、痛みには鈍いんだ」と彼女は返す。
「強い、じゃないのか」と僕が笑うと「いいように言えばそうかもね」と彼女は笑った。
 僕はその後、彼女にピアスホールのケアについて説明をした。
 人体にとっては怪我と同じだから、最初のうちは特によく注意しないと危ないと。
「せっかく開けたホールが台無しになるのは嫌だろう?」と僕は彼女に聞くと彼女は「そりゃ、当然」と笑いながら返す。

2.
 その後、帰りの特急を待つ間にフルーツパーラーで軽く話してた時だ。
 彼女は僕の食べるフルーツタルトをじっと見つめていた。
 恨めしそうに見るので、見かねて「食べる?」と尋ねると「だったら言ってる」と彼女は返す。
 僕は「そうか」と返し、またフルーツタルトを食べる。
 彼女が頼んだミックスジュースはあまり減っておらず、減りそうな気配もない。
 そんな事を思った少し後だった。
 僕は慌てて「どうした?」と彼女に問いかけた。
 なぜなら、それは彼女が小さく震えながら俯いていたからだ。
「気にしないで、今までの分を泣いてるだけだから」
 そう、うつむきながら泣き続ける。

3.
 僕は席を立ち彼女の隣に座り、ゆっくりとやさしく頭に手を乗せる。
 その手にピクっと彼女が反応する。
 それを確認して少ししてから、空に向けて手をあげ、ささやく。
「――いたいのいたいの、とんでゆけ」
 そう言いながら、彼女の頭を撫でる。晴れるまで、ずっとずっと。
 傍から見ればただの子供騙しな言葉に聞こえただろう。
 それでも、僕達にとってはこの言葉にはとても重たい意味がある。
 僕は、今までの辛さも、これからの辛さも。
 そばにいる時も、居てあげられない時も。
 全ての分を、とんでゆけと、願う。

4.
 そのうち、雨は去り、ようやく笑顔が戻っていた。
「やっぱり笑顔の方が素敵だよ」
 そう言いながら、また頭を撫でようとすると彼女は僕の頭を撫でだす。
 慌てて何かを言おうとして、それをすぐ遮られる。
「辛いのはお互い一緒、でしょ?」
 僕はその〈たった一言〉でどれだけ救われただろうか、どれだけ赦されただろうか。
 彼女は知らないだろう。

5.
 思う存分頭を撫でられた後、余韻に浸りながら慌てて店を出る。特急の時間まであと僅かしか残されていない。
 駅の改札前で、ギリギリになるまで、話を続ける。
「行かなくていいの?」と彼女は心配そうに聞く。
「……あと五分だけなら」と僕は全力で計算しながら返す。
 どうか、どうかこの温もりを少しでも長く。
「じゃあ、こうしよう」と彼女は僕に近付く。
「良い案だ」と僕は彼女の背中に手を回す。
 温かい、人の温もりがする。
 短い時間を、贅沢に大切に、味わい尽くすように。
 回りからどれだけ何を言われようと構わない。僕達はそんな事なんて今更関係ないのだから。

6.
 駅のアナウンスが鳴った所で彼女はその優しい拘束を解く。
「それじゃ、気をつけてね」と笑いながら。
「うん、また来るから。その時はまた似合うピアスを見に行こう」
 そう言うと、もう一度だけ。今度は僕から抱き寄せ、改札を抜ける。
 改札を振り返り、彼女に大きく手を振り、ホームへ向かっていく。
 決して彼女に見えないように、見せないように。
 一人で泣きながら、一人で笑いながら、一人で僕は電車に乗った。

7.
 ようやく涙が枯れた頃、車窓をふと見ると三日月が浮かんでいた。
「参ったな」と苦笑しながら、キレイな三日月を見ながらお酒を飲む。
 遠くても、離れていても、僕達は同じ空の下に居るんだから。
 悲しいことはない、だって、また会えるって。お互いわかってるから。
 だから、僕達は今までよりも強く、これからを生きていくんだ。

8.
 ――彼女は今、どんな空を見ているだろう。


「私は辛いことがあったら耳を触るの。あの温もりを思い出すために」